月瀬りこ (脚本家 • 小説家) 第30回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作受賞 「笑顔のカタチ」/ 「New Film Makers Los Angeles」🇺🇸『フローレンスは眠る』2018年度年間最優秀長編作品賞受賞(共同脚本)/ 電子書籍小説 「コロモガエ」などAmazonほかで配信中 / 舞台脚本 / ホラーDVD/オムニバス映画ほか/ WebCMプロット/ 企業PJ / PVシナリオ/コピー/ 取材ライターほか

月瀬文庫

わが家での日々。お父さんシリーズエッセイ

秘宝館の娘

 

テーマ:お父さんシリーズ
2017-07-04 12:14:10

 

私は 「秘宝館の娘 」である。

実家が突然、秘宝館になったのだ。

きっかけは父のガンからの生還。
彼は生から性へのさらなる飛躍をしたのである。


それは突然に訪れた。
日に日に家の中に、いわゆる「開かずの間」が増えていったのだ。

「なぜ応接間が立ち入り禁止?」と父に聞いてもニヤニヤとしているだけで決してそのワケを答えようとしない。

母においては、その話題に触れてはいけないという殺気をビンビンに放っている。

…ということはある程度の予測はつく。
よからぬことに違いない。

開かずの間は応接間から続く廊下、二階へと徐々に広がっていった。

 

当然、私はこっそりと覗きにいった。
どうせまたくだらぬ骨董品がごっそり増えているのだろうと軽く考えていたからだ。

 

開かずの間に続くまともな世界の扉には、ご丁寧に赤いフンドシが暖簾のように掛かっていた。
「ここからが立ち入り禁止ですよ」という父なりのお知らせである。

 

父はもう何年も前から骨董品に心を奪われていたため、こそこそと何かを集めている気配は日常茶飯事。友人に手配し、何か画策しているのも知っていた。
大型の布や箱に梱包された荷物がちょくちょく搬入されていることにも気がついていた。

 

骨董品といってもほぼガラクタである。
古いラムネの瓶を「この価値は10万だ」と汚い新聞紙に包まれて渡されたこともあったが、おそらく10円の価値がつくとも思えない。有料ゴミの可能性さえ否めない。

何度か一緒にそういう類の店にいったが、店なのかゴミ屋敷なのか私にはよくわからなかった。そんな店で買い付けてきたものに価値があるとは到底思えない。

 

そんな過去がある父の開かずの間へのフンドシをくぐり、扉を開けた瞬間、私は凍りついた。

「なにこれ…」

まさかの…である。


ちょんまげ頭がナニをしている…。
坊主がナニしてナニをしている…。
日本髪の女性がナニをナニナニ…。

あんな格好でっ!こんな格好でっ?!

目合い(まぐわい)ではないか…。
漢字で書くとなんてことはないが『まぐわい』と書くと途端に淫靡な匂いがする。


春画の数々が、廊下の壁一面を覆い尽くし、変な鼻のついた天狗が何人もいる。
祀られた地蔵にまでナニがついている。バチが当たるのも時間の問題であろう。

なんとか正気を保ちつつ廊下を通り抜け、応接間の扉を開けさらに驚いた。
ショーケースが所狭しと並べられている。中身は世界あちこちから集めたであろうアレやコレ。

壁に飾られたどこのどいつのモノかわからぬ魚拓ならぬチン拓。

もともとはドレープの美しいカバーが掛かったピアノが置いてある私の一番大好きな部屋だった…はずだ。
子犬のワルツが頭の中で虚しく流れる。

「も…もしや…これが世にいう秘宝館というやつだろうか」

私は秘宝館に行った経験はない。
いつか温泉地などに立ち寄った折に社会見学として行くこともあろうかと少し期待したりしていた。
しかし、いよいよ本当に行く必要がなくなってしまったのである。

その後、あれよあれよという間に秘宝と言えるか言えないかのブツの占める割合はどんどん広がっていった。

家の三分の一、いやもしかしたら二分の一は完全に十八歳以下出入り禁止となってしまったのだ。

本当にある日突然、誰にも言えぬ、言ってもわかってもらえぬ悩みを抱える秘宝館の娘になってしまった。

しかも、父のコレクションは家の中だけではとどまらなかった。
庭先に背丈ほどのご神木のようなナニがクレーンで運ばれてきたときには、この世の終わりを見た気がした。

 

当時、近所のおじさんやおばさんは大喜びし、キャーキャーと騒いでよく覗きに来ていたが、私はニヤニヤと館長として案内をかって出る父のその行動が、ただただ恥ずかしかった。

 

観光バスがやってきて、手もみをしながら出迎える父を見たときには、もう後戻りできないことが人生にはあると知った。

「ついにいくとこまでいきやがった…」としか言いようがなかった。

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(庭に置かれている将来の父の墓石)

 

ところが、慣れというのはやってくる。

性のことなどもともとオープンに話す家ではなかったと記憶するのだが、次第に家族で秘宝館の今後のことを話題にしはじめたりする。

父に頼まれれば、レイアウトを手伝ったりすることもあった。

あれほど殺気立っていた母でさえも、
「いつかもとを取る」
と次期館長を名乗り出たほどだ。(このせいでひそかに次期館長を狙っていた私は副館長の座に転落する)

 

この数年間、父は何度も入退院を繰り返した。

その合間あいまに、生きがいのように秘宝館を作り上げていたのだった。


私は随分と長い間、父の数々の行いに、なんて恥ずかしい親なのだと軽蔑さえしていたが、最近になって、案外どこにでもいる父なのかもしれないと思えるようになってきた。

 

もしかしたら家が秘宝館で悩んでいる娘はこの世の中にたくさんいるのではないだろうか。
そうなればどこかで秘宝館の娘の会が発足しているかもしれないという希望もみえる。


私が年をとった分、父と母も年をとった。

元気で笑っていればそれでいい。


去年の大晦日、父の部屋で二人で並んで紅白歌合戦を観た。

父は初出場の演歌歌手の苦労話を一生懸命に教えてくれる。
前に会った時より元気になっていたけれど、その背中は、昔より随分と小さくなった気がした。

 

ニヤニヤと笑った顔のまま小さくなっていく父は、どこかエロく、どこか切ない。

 

 

 

 

ちなみに、秘宝館は18歳以下入場お断りの完全予約制です。


アメブロより再掲 
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