月瀬りこ (脚本家 • 小説家) 第30回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作受賞 「笑顔のカタチ」/ 「New Film Makers Los Angeles」🇺🇸『フローレンスは眠る』2018年度年間最優秀長編作品賞受賞(共同脚本)/ 電子書籍小説 「コロモガエ」などAmazonほかで配信中 / 舞台脚本 / ホラーDVD/オムニバス映画ほか/ WebCMプロット/ 企業PJ / PVシナリオ/コピー/ 取材ライターほか

月瀬文庫

わが家での日々。お父さんシリーズエッセイ

父、お涙頂戴。覗きを裁かれる

 

テーマ:お父さんシリーズ

父は、非日常が大好きである。
もめ事が大好きである…とも思う。

妹と私が
「あー。疲れた。人生に疲れた」
と、実家に居候した時である。

母は「好きにしなさい」と言い放ち、
父は「困ったもんよのぉ~!」と…
案の上、大喜びした。

私と妹は二人で、父の部屋の隣の部屋に居候した。

私たちは、
「この先、私たちって幸せになると思う?」
などと、真剣に話していた。

と、足音がする。

トットコ、トットコ、トットコ…。

「あ、お父さんがきた」

その通り。
次の瞬間、父がドアを開け…何をするでもなく、じーーーーっと私たちを見つめる。

そして、去って行った。

何がしたかったのだろう…と妹と二人で首を傾げた。

それから毎日、数時間ごとに父が現れた。
しかし、やはり、じーーーーっと見つめて、去って行く。

日にちが経つに連れて私たち姉妹は、悩んでいるばかりでもなくなった。
バカ話を繰り返したり、部屋で酒盛りをしたりして、キャッキャと騒いでいた。

そんな中、やはり父は数時間ごとに規則正しく現れる。

トットコ、トットコ、トットコ…と。

それは昼夜に限らずで、毎朝5時に父はやってきて、眠っている私たちをじーーーーっと見つめ、去って行くのだ。

とにかく、私たち姉妹が部屋にいると、用事もなくただやってきてじーーーーっと見つめて去って行くのである。

さすがに、私たち姉妹は、
「まさか…ボケたんじゃ…」
と、考えた。
「着替えている時に部屋に来られても困る」
「そのうちお風呂も覗かれるんじゃないか」
と、心配し、さっそく母に言いつけた。

「お父さんが覗く」と…。

シンプルに、わかりやすく、率直に伝えた。

母は父の行動にあきれ、問い詰めた。

と、父がポツリと言葉をこぼした。

「わしは、娘二人が仲良く話をしている姿がうれしくて…」

私と妹は年の離れた姉妹である。
進学のため、私は妹が6才のとき実家を出た。
その後、妹と実家で暮らしたことはない。

お正月やお盆に会うことはあっても、何もない日々の中で長い間一緒に暮らすことはなかった。
その間に、父も癌になり入退院を繰り返した時期があったため、私たち姉妹が一緒に暮らしているところをもう一生見ることはないだろうと思っていたというのだ。

それで、年頃をとっくに過ぎた私たち姉妹が、二人そろって楽しそうに話をしている姿を見て、父は「生きていてよかった、幸せな瞬間」と、かみしめていたと言う。

私たちは、言いつけたことを少し後悔した。
父の行動にいじらしさを感じかけた次の瞬間…

母が一喝した。

「トボけたこと言わんのっ!!! 覗きは覗きっ!!! 」

 

その日から、
トットコ、トットコ…と聞こえてはきたが、足音は部屋の手前で必ず消えた。

父が私たちの部屋のドアを開けることはなかった。

お涙ちょうだいだったはずの父の話も、母には問答無用…トボけた話としてたんたんと処理されたのだった。