月瀬りこ (脚本家 • 小説家) 第30回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作受賞 「笑顔のカタチ」/ 「New Film Makers Los Angeles」🇺🇸『フローレンスは眠る』2018年度年間最優秀長編作品賞受賞(共同脚本)/ 電子書籍小説 「コロモガエ」などAmazonほかで配信中 / 舞台脚本 / ホラーDVD/オムニバス映画ほか/ WebCMプロット/ 企業PJ / PVシナリオ/コピー/ 取材ライターほか

月瀬文庫

わが家での日々。お父さんシリーズエッセイ

父、暴走。お山の大将になる

モノマネが大好きな父。

おハコは 赤フンを身に付け、仕込み刀を振り回す…アレなのだが、時々、浮気する。

ある五月の晴れた日曜の朝…。
父は「ぼ、ぼくは、お、お、お散歩に行きたいんだなぁ…」と、突如ニヤニヤとしはじめた。

「出たよ…」

家族は当たり前のごとく無視である。
こういう時はそれぞれのやるべきことに集中し、決して父に同意しないという暗黙の了解。

そんな家族を自分に振り向かせるかどうかが父にとっての勝負である。

しばらくの沈黙のあと、無視する家族にへこたれることもなく父は相変わらずのニヤケ顔で自分の部屋に行った。
ふらりと居間に戻ってきた時にはすでにランニング姿になっていて、食卓に座って様子を伺いはじめた。

「やりはじめたな…」

見て見ぬ振りを決め込む。
決して目を合わせてはいけない。

無視されているのにも関わらず、少しずつ、少しずつ、父の姿に変化が及ぶ。
ベージュの短パンを履き、赤フンのために常時伸ばしているヒゲを剃る。
頭の毛はたいしてないので、変わりない。

そこから、米袋で作ったそれらしいカバン(ズタ袋)を肩から下げ、食卓で貧乏揺りをはじめた。

「ぼ、ぼく、お、お、おにぎりが食べたいんだなぁ」

父はニヤニヤと笑い、誰かがおにぎりを作ってくれるのを待っていた。
もちろん、誰も作るものはいない。
家族の誰にも相手にされない父はひとりででっかいおにぎりを作りはじめた。

どうしても、やらねばならないらしい。

ニセ山下清(芦屋雁之助)になり切った父は、おにぎりとスケッチブックを持ってお散歩に出かけた。

いつものことである。

田舎町だからなのか、こういった父の素行は大変に近所の人たちに喜ばれる。

田舎町というより、他人さまの家だからであるのだろう、とにかく父が変なことをしても近所の人たちは明るく笑って受け入れてくれるのである。

だから、ますます調子に乗る。

しかし、父が外で歩き回っている間に即座にどんなことが行われているか母に報告されるという田舎ならではの回覧板密告方式が存在していた。

ニセ山下清は おにぎりを食べながら、ウロウロと近所の人に挨拶して回った。

「ぼ、ぼくは、絵を描くのが、す、す、好きなんだなぁ」

「ぼ、ぼくは、おにぎりが、だ、だ、大好きなんだなぁ」

「こ、この畑は、よ、よく野菜が育ってるなぁ。きっと、そ、育てる人が、や、優しいんだなぁ」

外に出ても決して、素に戻ることはない。

近所をひととおり回って挨拶し、ちょっとスケッチをして、おにぎりを食べ、野に咲く花を眺めて帰ってきた。

帰宅後、食卓で、ニヤニヤと喜んでいた。わりと評判がよかったのであろうと推測される。

そして、父は調子に乗ってひとこと言った。

「ぼ、ぼくは、お、お母さんに、ご飯を食べさせて、も、もらえないんだなぁ」

発した言葉は元には戻らない。

母がピシャリと一喝した。

「食べても忘れるなら一生食べなくてよろしいっ!!!!!」

ニセ山下清は黙った。

母は知らんぷりしていた。

夕方になって、ニセ山下清は、いつもの父の姿に戻っていた。

食卓を囲み、母の手料理を食べて「世界一おいしい」と言っていた。
(因みに、父はたいてい何を食べても「世界一おいしい」「食べたことないくらい美味い」というので信用ならない)

こっそりとスケッチブックを見たが、絵心はあるらしく、故郷の山や畑の風景が細かく美しく描かれていた。
しかし、いつまでもそれは貼り絵としては完成せぬままであった。

そのあと懲りずに
「ぼ、ぼ、ほくは、お腹がペコペコなんだなぁ」
と呟くも、母は知らんぷりしたままだった。