月瀬りこ (脚本家 • 小説家) 第30回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作受賞 「笑顔のカタチ」/ 「New Film Makers Los Angeles」🇺🇸『フローレンスは眠る』2018年度年間最優秀長編作品賞受賞(共同脚本)/ 電子書籍小説 「コロモガエ」などAmazonほかで配信中 / 舞台脚本 / ホラーDVD/オムニバス映画ほか/ WebCMプロット/ 企業PJ / PVシナリオ/コピー/ 取材ライターほか

月瀬文庫

わが家での日々。お父さんシリーズエッセイ

父、暴走。しきたりをつくる

とある年のお正月の話。

毎年、お正月に父は着物を着るのが習慣になっていた。
その年もわりと粋に着物を着こなしていた父。

しかし「その年」は少しだけ違った。

前年に結婚した兄嫁が初めて我が家にやって来るお正月だったのだ。
父はなんだが様子が落ち着かない。

どうしたのかと聞くと、少し薄くなった頭が着物に似合わない、どうも気になるというのだ。

母は「今さら何を」と知らんぷりしていたが、一緒におせちを用意する私に、父は「頭が…頭が…おかしくないか?」と家の中をついて回った。
頭の中よりマシだとも言えず、「別に変じゃないよ」と適当に返していた。

しかし、父はどうしても気になるらしく、帽子を被ったり鏡の前で髪を整えたりと試行錯誤を繰り返した。

しばらくした頃。

父はいきなり…

「白い布を巻く」と言い出した。

つまり…ターバンを巻くと言い出したのだ。

意味がわからない。


しかし、父は言い出したら聞かない。
やってみないと気が済まない性分なのだ。

父はお雑煮を作る母に、「白い布、白い布」と子どものようにせがんだ。

断ると思いきや、何と、母は無言で押入れから白いシーツを出して父に渡したのだ!

恐るべしこの夫婦。

父はウキウキで私に上手く巻いてくれと言う。
本気かね?…と思いながらもうるさく言うので薄い頭にシーツを巻いてやった。
しかし…シーツ。
布の量がどう考えても多い。

頭の上にこんもりとソフトクリームが乗っているようになってしまう。

しかし、父はそれが嬉しかったらしく、ますます調子に乗った。

「○○さん(兄嫁)をビックリさせるぞ!」

父は「これは、うちの代々伝わる『しきたり』ということにしよう!」と言い出した。



なんだそれ…。

呆れる私たちをよそに父は頭におかしなソフトクリームのターバンを乗っけて、踊りもつけてみようと小躍りして大張り切り。

自分の中で段取りがついたのか、しばらくすると、絶対に笑うなと言い、上座に知らんぷりして兄嫁を迎える準備をして座った。

母は相変わらず素知らぬ顔で数の子の漬かり具合を味見していた。

 

ついにその時はが来る。

ピンポーン!

兄と兄嫁がやってきた。

父の姿を見た瞬間……

兄は「またやってる」という別段変わりない反応をし、兄嫁は「クスッ」と笑った。

…それだけだったのだ。

 

まさかの展開。

父の頭は放置され続けた。

きっかけを失った父は、ターバンを巻いた頭のまま、真面目に新年の挨拶をし、お屠蘇を呑んだ。

そのまま、父は「これは代々伝わるしきたりだから○○さんも来年は巻きなさい」などとボケをかましたが、みんな おせちに舌鼓を打ち、おかしな頭は、放置され続けた。

しばらく経った頃…
今年も黒豆に皺がよらず上手く煮えたと喜んでいた母がおもむろに口を開いた。

「そんなことしてたら、蒸せて余計に禿げる」

その言葉に、きっかけを掴んだ父は、
何気に席を外した。

しばらくし戻ってきた父の頭は少し薄くなった髪の毛がさみしそうに乗っかっているだけだった。

何もなかったように食事は続いた。

 

トイレに行ったついでに父の部屋を覗くと、丸まったシーツがポツンと放置されていた。

あの「しきたり」は次の年には当然消えた。
もう二度とターバンを巻いたお正月はやって来なかった。

わずか数時間で生まれて消えた我が家のしきたり。

しかし……

父の暴走は違う形になってチョコチョコと我が家を賑わせるのだった。